小説や映画に出てくるちょっとしたセリフに影響されて、自分のライフスタイルに取り入れてしまうことがよくある。そのうちの一つが、“コーヒーを美味しくする”おまじないだ。
片桐はいりさんのエッセイ
最近SNSで「7日間ブックカバーチャレンジ」なるものが流行っていた。
「7日間ブックカバーチャレンジ」とは
「読書文化の普及に貢献するためのチャレンジで、参加方法は好きな本を1日1冊、7日間投稿する」というもの。ルールは以下の通り。
- 本についての説明はナシで表紙画像だけアップ
- その都度1人のFB友達を招待し、このチャレンジへの参加をお願いする
企画のオファーを受けた友人たちは、各々お気に入りのブックカバー写真を、主にFacebookへポストしていた。私は自分ではやらなかったけれど、友人たちの投稿を眺めて楽しんでいた。これもひとつの本との出会い。ブックカバーに惹かれて本を買う、“本のジャケ買い”もまた一興。
いくつか気になる本があったが、中でも特にいいなと思ったのは、片桐はいりさんのエッセイ。幻冬舎文庫から3冊出ている。「7日間ブックカバーチャレンジ」は1日1冊ずつ本を紹介するシステムだが、その友人は3冊一度に紹介していた。1冊に絞るのが惜しいくらい、好きなのだそうだ。
- 『わたしのマトカ』(2010年)
- 『グアテマラの弟』(2011年)
- 『もぎりよ今夜も有難う』(2014年)
片桐はいりさんと言えば、超個性的な実力派俳優のお一人。多くの作品で味わい深いキャラクターを演じている、とても気になる存在である。私の大好きなドラマ「時効警察」の第2話「偶然も極まれば必然になると言っても過言ではないのだ!」にも出演されていた。出演シーンは多くはなかったが、インパクトが強すぎて頭から離れない。
そんな片桐はいりさんのエッセイ、期待値が高まる。友人の熱量が伝播し、3冊まとめて購入した。読み進める順番は刊行年順に、『わたしのマトカ』から。
映画「かもめ食堂」
『わたしのマトカ』は、片桐はいりさんが映画「かもめ食堂」に出演した際、撮影地であるフィンランドで体験した出来事をつづったエッセイだ。フィンランドという国に馴染みのない私にとって、とても新鮮かつ興味深い内容。片桐はいりさんの軽快な語り口が、各エピソードの面白さをさらに加速させている。
そうなのだ、映画「かもめ食堂」の舞台はフィンランドなのだ。タイトルと出演者についてはどこかで触れて知っていたが、その舞台がフィンランドだとは全然知らなかった。てっきり、房総半島の先の方にある漁師町の定食屋さんを描いた話なのだと思っていた。ドラマ「孤独のグルメ」でそんな風情のお店が登場したことがあり、なぜか私の中で「かもめ食堂」とそれがリンクしてしまっていたようだ。
なんでも、「かもめ食堂」は日本における北欧ブームの火付け役の一つと言われているのだとか。『わたしのマトカ』でフィンランドへの興味が駆り立てられた私は、早速「かもめ食堂」も観ることにした。
「かもめ食堂」のあらすじ
サチエ(小林聡美)はヘルシンキで“かもめ食堂”を始めたものの客はゼロ。ある日彼女は最初の客で日本かぶれの青年トンミ(ヤルッコ・ニエミ)にガッチャマンの歌詞を教えてくれと言われるが、出だししか思い出せない。彼女は偶然本屋でミドリ(片桐はいり)を見かけ……。
引用元 シネマトゥデイ
ここから、かもめ食堂を舞台に少しシュールでゆったりとしたストーリーが展開される。個人的には出演者のひとり、もたいまさこさんが醸し出す味わいが非常に良かった。片桐はいりさんは『わたしのマトカ』の中で、もたいまさこさんのことを「最も尊敬する俳優」と称している。なるほど、納得。視聴者は、もたい、小林、片桐のトリオが織りなすなんとも言えない空気感に、みるみる引き込まれてしまう。
小林聡美さんともたいまさこさんは同じ事務所で、ちょくちょく共演されているようだ。お二人の魅力にはまった私は、その後お二人の共演作をよく観るようになった。「かもめ食堂」の荻上直子監督の作品「めがね」もその一つ。これもたいへんシュールで素晴らしい。
本当言うと、「ここに片桐はいりさんを登場させたい」と思いながら観ている。完全に「かもめ食堂」の罠だろう。
“コーヒーを美味しくする”おまじない
物語はゆっくり、不思議な時間の流れで進んでいくが、随所にコメディ要素が散りばめられている。就寝前に合気道の型を黙々とこなすサチエ(小林聡美)、トンミ・ヒルトネンから「ボクノナマエヲカンジニシテクダサイ」と頼まれ独特の感性を披露するミドリ(片桐はいり)、Lost luggageに振り回されるマサコ(もたいまさこ)。その中で私がまんまと影響されてしまったのが、“コーヒーを美味しくする”おまじないである。
ある日サチエが経営する食堂に、ふらりと謎の男が来店する。彼はサチエに「コーヒーの美味しい入れ方を教えてあげよう」と言い、コーヒーメーカーにセットされた挽き豆に人差し指を軽く押し込んでこう唱える、「コピ・ルアック」。その日以来、サチエはそのアドバイスを忠実に守ってコーヒーを淹れるようになるのだが、不思議なことに皆が「前よりも美味しくなった」と口にするのだ。
このシーンを観てからコーヒーを淹れる際、挽いた豆に指を押し込んで「コピ・ルアック」と唱えるおまじないをやらずにはいられなくなった。実際に美味しくなっているかどうかは不明だが、なんとなく風味が増すような気がする。気のせいだとは思う。
コピ・ルアック(コピ・ルアク)とは
コピ・ルアクとは、ジャコウネコの糞から採られる未消化のコーヒー豆のことである。「コピ」はコーヒーを指すインドネシア語、「ルアク」はマレージャコウネコの現地での呼び名である。コピ・ルアクの起源はインドネシアである。 日本では、コピ・ルアク、コピ・ルアック、ルアック・コーヒーと呼ばれることが多い。
引用元 Wikipedia
以前、海外旅行のお土産でコピ・ルアックをいただいたことがある。味は正直よく覚えていない。味よりも「ジャコウネコの糞から取ったコーヒー豆…げー!」という印象が強かった。怖いものみたさで飲んだ記憶がある。買ってきてくれた人いわく、とても高価なものなのだそうだ。「かもめ食堂」の中でも、コピ・ルアックは“幻のコーヒー”と紹介されていた。
ジャコウネコの「ジャコウ」を漢字で書くと「麝香」。ワイン好きの間ではソーヴィニヨン・ブランの香りの表現としてよく登場し、“猫のおしっこ”に例えられるあれである。厳密にいうと“ジャコウネコのおしっこ”だったのだ。コーヒーだったりワインだったり、香りを楽しむ飲み物に深く関わるジャコウネコ。なんだかとってもお洒落な獣だこと。
コピ・ルアックはとても高価なコーヒーなので、金に目がくらんだ良からぬ人間によるジャコウネコの乱獲が問題になっているそうだ。彼らは本来肉食であるのに、コピ・ルアック生産のためコーヒー豆を無理やり口にねじ込まれているのだとか…。フォアグラの製造現場を彷彿とさせる、ひどい話である。そんなことを聞いてしまったら、もうコピ・ルアックを飲もうとは思えない。「ジャコウネコがコピ・ルアックを生み出すのなら、うちの猫だって」と考える猛者もいるようだ。しかし、本当に猫が好きならそんなことは死んでも実行できないだろう。
ジャコウネコの生態に配慮してコピ・ルアックを製造している生産者もいるので、そういう生産者から買えるルートを大切にしたいところ。ますます希少価値は高まりそうだけれど。
本物はなかなか口にできないので、せめて近所で買ってきた挽き豆に指を押し込み「コピ・ルアック」と唱える。そうして、ジャコウネコのご利益を目の前の量産豆に宿す。私たちにできるのはそのくらいだ。実際の味わいはほとんど覚えていないのに、なぜかその味わいに近づけたいと考えてしまうのは、またもや「かもめ食堂」の罠なのだろうか。
最後に
フィンランドの魅力や謎のおまじないを私に教えてくれた『わたしのマトカ』。「マトカ」とはフィンランド語で「旅」という意味なのだそうだ。装丁にもフィンランド名物“森”と“トナカイ”と“クマ”と“キノコ”があしらわれていて、趣深い。とても良い読書であった。
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